応援📣の日々  ②  648

3日は、3000メートル走だ。出走は昨日と同じ時間だから、きっと15分や30分は遅れるだろうと高をくくったのが良くなかった。家人も今日は応援に行くと言うので、12時15分に妙蓮寺を出たのだが・・・。

▼横浜線橋本駅で乗り換え、京王線の南大沢駅だと家人も分かっているのに、私が編集者から送られて来たゲラをiPhoneで読んでいるうちに、乗り過ごしてしまった。「多摩センター」の声でようやく気がついた。「あなた、南大沢で気がつかなかったの?」と私。「あなたに任せてあるから」と家人。こんなとき怒ってはいけない。応援の前は、気分良くと自分に言い聞かせる。

▼昨日の喜びをもう一度とばかり、同じ場所を目指すが、高校生とその家族が確保している。やはり出遅れたか、と思ったがまだまだ出走時間まで余裕がある。案の定、3000メートルになった所で、これまでの応援組が席を空けた。

▼娘の順番が回って来た。昨日は興奮しすぎて、せっかくiPodを構えたのに、ほとんど写さず仕舞いだった。今日は大丈夫だ。応援席前70メートル位のところなのに、家人はもう大きな声で、「K香ファイト、良いよ、その調子」と叫びまくる。私も負けじとさらに大きな声を出すとまた咳が止まらない。

▼スタートから400メートル位までは1位だったが、その後は4人でトップ集団を形成して、最後の1周まで持ちこたえた。家人の声援がすごい。「K香、行ける行ける、そのまま走れ❗️」と熱い、熱い。


▼ところが、後200メールの所で、激烈な競争となり4位に。そのままゴールインかと思いきやバタバタと抜かれて、あえなく6位。あちゃとガックリ。やはり3000メートルは、「最後の200メールからが勝負」と娘が言っていた通りになった。だが3000メートルは、8位までは都大会に出場できると言うことで、安堵。それにしてもよくがんばった。やはり昨夜も験を担いで鰻を1本ペロリと食べたのが良かったのか。

▼こうして親バカチャンリンの2日間は終わった。が、この後が酷かった。風邪はぶり返すは🤧🤧、同じ所に立っていられないほど脚が痛いの何のッて。鍼にも行けず、そのまま寝たきりの2日間となった。応援には、娘も素直に喜んでくれた。まぁ孫みたいなもんだからね〜。

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