鰻のチカラ  658

このブログは、郷里の小、中、高の友達30人位と昔の職場の友人や同僚30人位、それにいつもの仲間30人位、あとはたまたまの人10人位のほぼ100人への近況報告なので、何を書いても、「また、あのアホが」とか「相変わらず屁のような奴やなぁ〜」と笑って読んで戴ければありがたい。

▼22日のあれから。銀座から横浜に戻ったら、東急東横線がストップしていた。東京を出るとき横浜が豪雨とは気づかなかった。幸いピークを過ぎていたため、10分立往生しただけで運転再開。ホームは、乗客で溢れ車内もいっぱい。運良く座れて、ホッと。待っている間は、やはり脊柱管狭窄症のため腰から左右の脚が痛くて痛くて、涙が出そうだつた。

▼そう言えば、15日宇都宮から東京に戻るときも、新幹線🚅🚄の自由席の車内が山手線のラッシュ並みに満員で身体が全く動かせず、しかも周りは女性が多かったため変に動けず、腰から脚全体が痛いの何の。大宮までの距離の長かったこと、長かったこと。しかもズーと外は真っ暗で、埼玉県の田舎度を再認識した。この時の痛さが早期手術を決断させた。

▼妙蓮寺に着いたら、そのまま家に帰ってしまえば楽だが、逆方向の魚屋さんに鰻を買いに行った。先週の土曜の陸上1500メートルで、娘は不本意な結果だった、ようだ。私が前日鰻を買い忘れたからか❓と。娘は、「全然関係ないから、気にしないで」と言ってくれるが、私は勝手に責任を感じてしまった。

▼そこで土砂降りの中を、今度こそ忘れずにと行ったものの、既に閉店。それならとOKストアーで「ての字」の鰻を買う。司法記者クラブにいた頃、もう20年以上前のことだ。富国生命ビルの地下にあった「ての字」によく通ったものだ。塾から午後11時過ぎに帰ってきた娘は、大喜び。やはり密かに験を担いでいるのだろう。

この鰻の冷凍パックを買って帰る

▼お彼岸の23日朝、雨は残っていたが、昼前には晴れ間ものぞいて陸上日和に。出走が午後2時なので、家人と自由が丘の「丸栄」で、ロースカツ定食と串揚げを食べてから出かけた。ここのロースカツは、揚げ方といい、肉そのものの味が抜群で、噛むと口の中にパーとその旨味が広がってくる。わざわざ食べに行くほどだ。大井町の「丸八」系の揚げ方だ。海老フライ🍤🍤🍤があればいいのに。

店舗案内のネットより引用

▼唯一の難点は、この前もそうだったが、夫人なのか、お手伝いなのか、スタッフの女性が始終不愉快そうに「客あしらい」をする所だ。「来てもらって迷惑❗️」そうな顔をして、注文に応じる。その点「丸八」は、全員完璧だ。やはり「味だけではないのが飲食店だ」と思うのは、私だけか。

店舗案内のネットより引用

▼美味い😋😋ものを食べ、気分も高揚、1時半過ぎに駒沢陸上競技場に。何度も来ているので位置どりもスムーズ。そこにスタンドの上の方から家人に声がかかる。陸上部の父兄が15人ほど来ているの。家人はその席へ。私は、チョット挨拶しただけで、最前列から2番目に陣取る。


▼3000メートルは、15分遅れで22人が一斉にスタート。さすがに都大会だけあって強豪揃いだ。いつもは、出場すら危ういのだから期待はしてはいけないと言い聞かせている。でも菅平の合宿以来、毎日一日も休まず15000メートルを走り続けているのだから、自己ベストは出して欲しいと密かに願う。

▼おぉ!スタート直後は、5、6位をキープしていたが、1周、2周と回るうちにジリジリ下がって来た。気がつけば13位、アララ・・・。ついに16位、エッ19位。こりゃいかん。最下位まではまだ随分あるものの、不安がよぎる。

▼「頑張れ❗️❗️K香❣️」「行ける!いける!イケるぞ❗️」「まだまだ、諦めるな❗️」と叫び続ける。後2周のところで、次第に前のグループに追いつき始めた。向こう正面で、アクセルを踏み込んだかのように、ググッと上がり始めた。電光掲示版の前で、前のグループのトップに立ち、13位辺り。そこから後1周は、猛烈に、とは言っても所詮それなりの力しかないのだか、ピッチを上げて、最後の400では10位を抜いて、8位の選手が目の前に。しかしそのままゴール。


▼自己記録は更新したようで、10分41秒09。これがどの程度のレベルなのか私には分からないが、これまで後半は、ズルズルと抜かれていたのが、踏ん張るばかりか、逆に追い抜いただけでも嬉しい😃😆😂、孫と同じようなもんだから。それなりの活躍❓に喜んだ。やはり鰻の蒲焼効果は絶大だった。

▼夜はほうろく屋さんに貰った大量の栗🌰🌰🌰で、餅米で炊いた栗🌰ごはんと秋刀魚の塩焼き2匹ずつ。キノコ🍄🍄🍄の味噌汁と北海道のキャベツとシャケをサンドイッチにした石狩漬けと秋三昧。当分酒がのめないので、オールフリーに大満足。

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