激痛をおして大学にゆく 697

昨日から脊柱管狭窄症の痛みが酷く、歩行困難になっている。人間65歳にもなるとアッチコッチボロが出る。後一週間すれば手術だ。それまでは歯を食いしばって。

▼昨日は家人が午前の部から夜の部まで通しで歌舞伎を見に行ったので、娘と近所の『岩月庵』で昼飯とする。家人がいない、つまり鬼の居ぬ間とばかり、昼酒を飲む。そうでないと痛くてやってられない。まずはカツ煮、板わさ、天麩羅、ホタテの刺身を肴に「〆張鶴」を一合、が二合になる。

▼「お父さん、酔っ払って動かなくなるは嫌だよ」と娘に諭されて、とろろ蕎麦を注文する。もう一杯飲みたいところだか、ホンワカいい気分なので、このまま帰って寝る。退職者の悠々自適の日々は、いつ起きようが、寝ようが、飲もうが、ご勝手にというところが好いね。

▲新宿駅のエスカレーター 足が痛いときは、これに限る

▼月曜日の今日は、T経大とW稲田で3コマ授業がある。脚が痛いので1時間以上早く出かけたら、こんな時に限ってスムーズに移動できてしまう。それにしても今日は腰から下が痛いのなんのって、5歩も歩けず、久しぶりに杖を使った。

▼午前10時を過ぎたばかりでは、まだどこの食堂は開いていないので、10年ぶりくらいに『モスバーガー』(国分寺駅南口)に入った。チーズモスバーガーとエビカツ🦐バーガー、カフェオーレで遅い朝食をとる。ハンバーガー🍔🍔は、モスバーガーが一番好みだ。まぁハンバーガー自体、年に1〜2回食べるかどうかだけど。

▼T経大には2時間も早く着いたので、「痛テテテ」と言いながら杖をついて、40年ぶりくらいに母校の構内を逍遥して回った。

▼T経大は地味な大学ながら、自由な校風と至る所に武蔵野の面影を残すキャンパスが、私は大好きだ😘💕。なぜ無名なのか不思議でしょうがない。知る人ぞ知る好い大学なんだけどね。

▼大倉財閥が、福沢諭吉の協力を得て作った学校だが、この大倉喜八郎翁の銅像を、W稲田の大隈重信翁のように、大学の校門を入ってすぐ正面にどーんと立地すればいいものを、一番奥のあまり気付きにくいところにひっそり設置している。やることなす事、地味なんだな、もっとアピールすれば良いのに。正面ならオープンキャンパスの時に、皆んなが見るのに。

▼私たちの時代のもので残っているのは、学長室や広報室がある1号館の建物だけとなった。オシャレなキャンパスに変貌していて、全てが新しく、しかも昔からの樹々を上手く生かしている。

▼国分寺駅に東口を作れば、駅から 5、6分という近さになるのだから、開設運動とかやればいいものを、何もしないんだろうな。とにかくT経大の弱点は、アグレッシブでないことで、120年近い伝統があるのに、後発の新興大学におされてしまう。

▼8年前、まだN協会にいるとき、放送文化研究所の専門委員を続けながら、T経大の「客員教授」という話が決まっていたが、すぐ後に公募で受かったT京都市大学を選んで、断ってしまった経緯がある。やはり「正規教授」の方が、安定していると考えたからだ。

▼T経大「客員教授」になれば、数年のちに「正規教授」という道があったのかもしれないが、あの時点では何ら保証はなかつた。T経大もN協会でも先輩だったアナウンサー出身のK地章さんが、70歳までずっと「客員教授」だったから二の足を踏んだと言える。

▼今となっては、どちらが良かったかなど考えても仕方がないことだが、母校のキャンパスのペンチに座り、一人「タラレバ」を考えては、打ち消している。そういえば、『東京タラレバ娘』の続編をやらんかね〜。

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