横浜タラレバ爺 都会に帰る / 558

    4月10日、土砂降りの雨の中、A部長夫がクラウンで迎えに来てくれたので濡れることなく大分空港へ。荷物はいつもクロネコなので、信三郎帆布のショルダーバッグ1つ。これにiPad pro が入っているので、電子本を数千冊持ち運んでいるのと同じだ。飛行機の中で、『テルマエ・ロマエ』全7巻を読んでいたら羽田に着いた。

  早速空港内のM井住友銀行から出版関係の各個人や会社に5件の振り込みをする。私はお金を持っているとすぐ使ってしまう性格なので、余計なことに使う前にできる限り支払い(本来は3ヶ月先でも良いのもあるが)を済ませる。以前本の見本が届いた翌日に印刷代を振り込んだのに、1ヶ月半後に「払いが・・・」と担当者から電話があり、「見本が届いた翌日に振り込んでますよ」と言ったらビックリ。「経理が報告してきていなかった」と平謝りだったことがある。それ以前でもいつも早く払っていたから分かろうというものだが。特ダネと一緒で、早すぎるのも良くないと悟った。でも使い込むのが怖いのでついつい。

  お土産の晩白柚に大喜びの娘 居ない間に2年生に

    私の会社がある神田神保町に、何年も前から気になるうなぎ屋がある。いつ前を通っても暖簾は下がっていないし、店は閉めたまま。「開いているときがあるのかな?」と近所の人に聞くと「お昼頃は開いているかな?」という。大学があった頃は、どうしても会社に来ることは少なく、時々顔を出す「R創社」も社長がいるのは夕方なので、午後4時過ぎになって鰻屋の前を通ると当然閉まっている。ところが昨日は何と午後2時近いのに開いていた。

  扉を開けると年配の女性が2人、40代の職人さんが1人。少し若い方の女性が、「まだ大丈夫ですよ」というので、カウンター席に座ろうとしたら、奥の畳の部屋に案内された。そこには、別々の座卓に空色のチョッキ姿の物静かな老人とメガネをかけたベージュのブラウスの、いかにもインテリという顔つきをした40代前半の落ち着いた女性が本を読みながら鰻が出るのを待っていた。この店はメニューがなく、「うな重 3000円」のみだった。20分ほど待つ間に、私のうな重も届いたが、「ご飯は普通」と言ったのに多かった。タレは甘ったるくなく上品な味だった。

    私は田舎の家の裏の川で、ポンポコという孟宗竹の節をくり抜いた竹筒を仕掛けて鰻を捕るのが得意で、日に6匹も7匹も獲って食卓を賑わせたものだ。母の味付けは、濃いめのタレだったので、こうした都会の上品な味に私の舌は馴染まないのかも知れない。妙蓮寺のマグロ専門店が、なぜか売っている静岡産の鰻が私の好物だ。結局ご飯は半分ほど残した。店は11時半開店、2時半閉店だが、「先週は12時半には鰻がなくなったので閉店でした」と少し自慢げに聞こえた。でもそうなんだと思う。神田文化人が好みそうな上品さだ。

  弓立社は35年来の友人夫婦がやっているにんげん出版に間借りしているので、注文の電話はそこで受けてくれる。久しぶりに社長夫婦K林健治さんとT井みゆきさんに会ったので、お互いの社の新刊予定の話をする。私は今年の前半にあと4冊は出したい。後半に2〜3冊。ひとり出版社なので、年間4冊出せれば上出来だと考えて、それに見合う資金の工面に追われている。本を出すのは実に愉しい。お〜いM山治さん!!  H田滋さん!! T田昌幸さん!! 早く原稿書き上げてくれ!!

   神保町が好いのは、都営三田線で日吉まで1本。眠って帰れる。そこから妙蓮寺までは10分足らずだ。8日ぶりの横浜、大喜びしてくれたのは、娘だけだった。さすがに疲れた〜。

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