禁煙🚭ファシズムに抗して 1025

タバコ🚬🚬の本数が日増しに増える。考えたところでしょうがない事に、沸々とした日々を過ごしているうちに、ついついタバコ🚬🚬に手が伸びる。

倉本聰さんの「やすらぎの郷」を観ていて、出演者がタバコをやたらと吸う🚬🚬場面を見るたびについつい手を出したくなる衝動を我慢してきた。ところがこの前の『老人力同盟』の会合で、結構吸う人が多いもんで、私の我慢の限度を超えてしまった。横綱若乃花(花田勝治さん)の「人間辛抱だ‼️」の標語が、私の頭の中で崩壊した瞬間だった。

家にテビ様(大妃=家人)とチビテビ(愛娘)ちゃんがいる時は、もっぱら自転車で1分半のセブンイレブンの外に設けられた喫煙所を癒しの場にしている。家を追われた地下生活者たちが、官憲ならぬ禁煙🚭ファシストたちの目を逃れてやって来る。好いね。同志がいるのは。

我が家に戻れば、禁煙🚭🚭ファシスト2人からの弾圧、抑圧に抗すべく、「方丈庭」の片隅に、いや「方丈庭」そのものが、片隅みたいなもんだが、密かに喫煙所を設けた。もちろんテビ様とチビテビちゃんからは見えない、かつ見つからない場所だ。

そこに深夜蚊取り線香をつけて、イヤホンで『少女時代』の様々な曲を聴きながら、一気に4〜5本吸う。極楽、極楽、至福のときだ。いろんなことを思い出す。

プータローをやっていた18歳から20歳までの時、中野の上高田にあったT京外国語大学の「日新寮」に住んでいたことは、前々回の『君は浅川マキを聴いたか』で紹介した。その日新寮には、入ってすぐ左右に公衆電話を置いた部屋があって、左側がみんなの溜まり場で、冬にはダルマストーブを囲んで、終日大勢が集まっていた。

ここでは呉越同舟よろしく、革マル派以外の、各セクトの連中もノンポリの学生も一緒にタバコを吸っていた。タバコが無くなると、お互いが差し出しあったが、それも無くなると、誰かが洗面器の大きな灰皿を 掘り返して、シケモクと呼んでいる他人が吸って捨てたタバコを拾い集めて、爪楊枝に刺して吸っていた。もちろん私も。

今にすれば、そうまでしなくても・・・と思いがちだが、それが青春というものなのだ、と夜空に煙を吐き出しながら、40有余年前を思い出している。

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