この2週間の直販のこと、介護のこと(1296)

この前ブログを書いてからもう2週間近くが経ってしまった。東京新聞O場司編集局長の書評が、相当インパクトがあったようで、あの日以来弓立社への問い合わせが多く、販売対応も想像以上に忙しくなって、終日弓立社の業務をなんやかやとやってきた。

もちろんこの間も週2〜3日の介護の仕事は休まず、当たり前か、例によってA子さんをはじめ4人の入浴も介助し、獰猛さんと衝突することは無かったものの、キャインさんのあまりのクレージーぶりに抗ったので、とうとう激突してしまった。私はまず怒らない方だが、入居者のみんなが愉しみにしている朝の時代劇『伝七捕物帳』を見ている途中で、おそらく皆がウトウトしたのだろう、キャインさんが好きな番組に変えてしまった。これには「いやぁ酷いなぁ」と内心思っていたことが伏線にあったところに、突然「小俣さん、鼻歌は歌わない」と怒鳴り出した。どうやら私が昼食の準備をしながら歌を唄っていたのだろう。

最初は「すみません」と謝ったものの、細かいことをいつもの強圧的にキャインキャインと言いはじめたので、「おいおいいい加減にしろ💢💢💢黙って我慢していれば」とあいなった。それにキレた彼女が、昼前に職場放棄。サッサと帰ってしまったのだ。思わず、「この人、韓流ドラマに出てくるハッピョン(火病)じゃないか」と呆れてしまった。彼女は全く入居者のことを考えていない。いつも自分のことだけ。なぜ介護の仕事をしているのだろうか?あっそうだ。「私はバカだからこんな仕事しかできない」と以前明言していた。しかし介護の仕事はバカではできない。彼女がダメなのは、その立ち位置を根本から間違えているところにある、と私は思っている。

親の介護のことを考えて、この仕事をやろうと4月から強い思いで入ってきた63歳のK村さんは、「あんな社会性のない人間と一緒に働くのは、もう我慢できない。限界だ」と言って3週間で辞めてしまった。K村さんはとても入居者に優しい、穏やかな人で、こちらから聞いたわけではないのに、「青山学院の出身でサザンの桑田佳祐の一年後輩だった」などと話すフレンドリーな人だった。

彼は日本を代表する食品会社、NHKなんかよりずっと有名な企業に勤めていたが、早期退職して、この道に入ろうとしたらしい。しかしこの間の非人間的な扱いに、歯科医の息子さんたちから、「そんな酷い連中のいるところは辞めた方がいい」と諭されて決断したという。私が知っているだけで、この2ヶ月の間に私が属するHグループを去っていった人は、彼を入れて4人に上る。全てがパワハラによるものなのか検証できていないが、これって異常じゃない⁉️

建物やシステムは立派でも、こんな介護人のいるところは子供から見たらトンデモナイと思うはずだ。それに誰も気づいていない。運営会社だってきっと知らないのだろう。老人のための週刊誌『週刊現代』が、老後は施設に入ってはいけないと力説するのは良くわかる。

そりゃキャインさんたちに会ったら、どんな人でも吹っ飛ぶだろう。私のように刑事や検事の中でも、かなり酷いコワモテ、例えば真夏に腐った花瓶の水を頭からかけるような刑事に耐え⁉️てきた私ですら辟易するくらいだから、一般の人からしたらそりゃハンパないっす。

そんなこんなで過ぎた介護の日々だったから、弓立社の仕事は知的労働の延長で、気分転換には非常に良かった。

しかも先週の金曜日には午後5時の仕事が終わってから、三軒茶屋で開かれたH田滋さんの講演会に駆けつけて直接販売(直販)した。といっても先に、T橋宗ちゃんと末娘が応援に来て、せっせと販売していてくれた。私は開演直前に到着して、一緒に売り込みをした程度だ。来場者はコロナで普段の3分の1の40人余りだったが、半分近くが買ってくれて感動した。やはり講演会は意識高い系が集中しているので、ピンポイントで買ってくれる。しかもその聴衆の中の2人は、すでに買ってくれていた。Amazonの部門別ベストセラー第1位だっただけはある。

<会場前の三軒茶屋「せい家」でラーメンと餃子の夕食 午後8時前2分に滑り込んだ>

直販というのは、出版社の友人なら分かるだろうが、他の人たちは何だろうと訝しがるかもしれない。直販はすぐできるわけではない。まず主催者から販売許可をもらう交渉や机の手配、釣り銭の準備、チラシの印刷などなど細々したことを事前にやっておかねばならず、そのこともこの2週間忙しくしていた理由だ。

<東京地裁・高裁 ここに30代、40代の頃通い続けた>

この間4月20日には、東京地方裁判所709号法廷で開かれた介護労働者の待遇改善を国に求める国家賠償請求訴訟の傍聴や引き続き行われた集会にも参加、私の介護の理論的指導者である郷里の才媛N井はるみちゃんから、認知症入居者の接し方や獰猛な介護人との関わり方など、瑣末なことまで相談したり語り合ったりする貴重な時間を持った。

<美味すぎて料理の写真を撮り忘れてしまった 『さわ野』(四谷荒木町)>

その後、せっかくなので地下鉄丸の内線で四谷三丁目まで出て『さわ野』で、銀だら、マグロなどをツマミにはるみちゃんんとビールや北雪で昼酒となった。長谷川平蔵、鬼平じゃないけど、ついつい昼から呑んでしまう。美味いんだなぁ〜昼酒は。万ちゃんの銀だらを食ったら、すぐまた食べたくなる。これを書いていて、また食べたくなった。非常事態下は、酒類の提供がいかんらしいからなぁ。まるで戦前、いやアメリカのアンタッチャブル、カポネの禁酒時代のような。そういえば、『さわ野』も目の前に透明のアクリル板を設置したり、通気をよくするため壁を取り除いたり、結構物入りだったようだ。挙句に酒類禁止じゃ割りが合わんわね〜。

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