ありふれた日々の中の異変(1319)

この前ブログを書いたのは、5月27日だから2週間も経ってしまった。山田風太郎氏ではないが、<ありふれたこのごろの私の>2週間を<千鳥足風に書いてみようと思う>のだ。

今となっては「ありふれた」かもしれないが、実は週の前半は、気の重い日々が続いていた。途中経過を書けば、だんだん改善されていったから気楽に綴れることではあるが、やはり人の生死に関わることは軽々に筆にすることはできない。情況を見極めてから、と書くことに慎重になっていた。

        

回りくどい言い方だが、5月28日、6日ぶりに『グループホーム』に出かけて驚愕した。これは「びっくり」とか「おどろいた」とかいう安易な言葉では綴れない、まさにハイドンの交響曲94番「驚愕」だった。入居者番号1番のK林さん、通称M平さんが、発熱した上に寝込んだばかりか、全く歩けなくなってしまっていたのだ。

「おはようございます」といつものようにリビングに顔を出すとM平さんが、食卓前に車椅子に座っている。しかも放心した顔で。夜勤明けのK崎さんが、「もうこりゃだめだわ」といささかうんざりした風に話す。「センサーが鳴りっぱなしで・・・」と夜一睡もさせてもらえなかった腹いせかもしれない。

さらにこの日の午後3時20分、看護師のS木さんや定期的に来る薬剤師たちがいるときに、トイレの方から「ゴトーン」と大きな音がして、慌て皆飛び出した。なんと歩けるはずもないM平さんがベッドから起き上がってトイレに向かう途中に倒れたのだ。右肩を強く打ったらしく「痛いのー」を繰り返す。彼が起き上がったことに気づかなかったのは、センサーが機能しなかったからだが、実は相方だったリーダーのO田さんが、午前中に「このセンサー、反応がないわ」と、夜勤者がタンスの上に置いていったのを試してはみたものの、確かに音がしなかったのでそのままにしておいた経緯がある。

ここから彼女のベテランぶりを垣間見ることになった。看護師さんの処置が済むとセンサーの設置直しを始め、悪戦苦闘。結局1階下にいるKユニットのK沼さんという以前書いたことがある穏やかで優しいケアマネージャーに相談し、彼にセンサーが反応するように設定してもらった。M平さんはベットに臥伏していたが、痛みのせいで斜めに仰向けになっていた。その彼にO田さんが、トイレに行かなくて済むようにパットを三角巾のように折ってペニスを包み込む。「へぇ〜」と感動して見入ってしまう。こういうパットの使い方は初任者研修では習わなかった。落ち着くとすぐに「事故報告書」を書き始めた。その間有給休暇中の施設長に電話して説明する。やはり介護歴18年というのはダテではない。大したもんだと敬服する。一日中誰にでも吠えていて、よくまぁ疲れないのかとウンザリさせられる人だが、こういう時は頼りになる。

<昼の弁当は、暑くなったので駅前のセブンイレブンで買う。今お気に入りは冷凍の「青椒肉絲」「海老のチリソース」「ナポリタン」。このいずれかに、いつも「なすの揚げびたし」「海老とブロッコリーのサラダ」「わさびめしのおにぎり」は必ず付けるようにしている>

あれから2週間。M平さんはほぼ元通りになった。車椅子から解放され、室内を歩くことも出来る。あれは何だったのか。しゃっくりが止まらず、眠っている時と食事をしているとき以外は出続けていたため、毎月検診にくる医師に相談した結果、処方してくれた薬を飲むようになってから発熱して体調が悪くなったらしい。薬を止めたところしゃっくりは止まったし、足に力が入らなかったのが徐々に蘇ってきた。週に2回の出勤だとみるみる回復しているのが、逆によくわかる。メシもよく食べるし、水分補給もしつこいほど言うとよく飲んでくれるようになった。ヤレヤレといったところだが、事故後の1週間は心配で気が重かった。家にいても家人に「M平さん大丈夫かなぁ〜」と思わず話しかけていたくらいだから今は心も晴れている。

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