「よくできました」(1305)

昨日(3日)の今日で、午前7時前に出かける。朝はまだまだひんやりしている。「そうかぁ連休中なんや」電車の中の人の数で気付かされた。

施設に入って驚いた。40代前半と思われる、恰幅のいい男性と施設長が夜勤明けでいた。若い施設長が指導役で泊まったのか。そうそう、この機会に聞いておかなければと、「勤務が変更されたのなら、なぜ事前に教えてくれなかったのですか⁉️」と尋ねた。「えっ🤯🤯勤務については、全て派遣会社が連絡することになっているんですよ」そんなこと聞いていない私は、「えっえっ😨😨😨そうなの⁉️」じゃ派遣会社『N介護』で私を担当している20代の女の子が忘れていたのか❓そうかぁ、じゃ何とも言いようがないなぁ。彼女を問い詰めるのも可哀想だし。

<2018年12月~19年1月 ペルー&ボリビア 逍遥>

施設長が事務所に戻るとさっき会った男性が改めて挨拶に来て、「N東寺といいます」と言うので、「へぇ〜そのお名前は、深川飯の元祖と同じですね」と応じると、「えっ🤯🤯😨😨初めて聞きました」と盛り上がる。彼は彼で「京都にこのお寺があるそうで、人名も京都に多いそうです」。私も続けて「確か千葉に結構ある名前ですよ」と。彼も「あっそうなんです、成田の方に」これで一気に打ち解けた。

こんな話をしながら、A勤務の朝の担当部門をこなしていると師匠のO田さんがやって来た。彼女は来るなり勤務表を見て、「小俣さん、6日は勤務者がいないみたいだから、施設長に言って(仕事に)入れるように話してみるわ」と。気持ちは嬉しいのだが、私はもう気分は5連休なので、「いえいえ、いいんですよ、これで」と2度、3度と断ったのだが、「いいわよ」と、結局明後日(6日)はまた朝から勤務となってしまった。彼女の好意、いや行為はとても嬉しかった。エエ人や。でも昨日も書いたように、私にも予定や計画があるんよね〜。

エール⁉️の交換ではないけれど、今度は私が助っ人の番だ。彼女は、まだ痛風で両足のくるぶし辺りが腫れて痛いらしく、B勤務の入浴介助が出来そうにない。「小俣さん、やってくれる⁉️」と訊くから、「そのつもりで、着替えも全て準備して来ましたよ」と応じると、手放しで喜んでいた。本当に痛いのだろう。さっきのお返し。実は昨日もキャインさんが入浴介助をパスしそうだったら、その時は私がやろうと着替えを持参していたのだ。

とはいえ先週6人の入浴介助をしたあと、膝のダメージが大きく翌日も翌々日も、いやまだガクガクしている。そこで今日はA子さん、Y川さん、O熊さんの3人に絞ることにした。それでも師匠は大喜び。入居者のみんなも入浴は大好きで、入るまでは子どものようにむずがるというか嫌がるのだが、入ってしまえば極楽浄土。「好い気持ち〜」となる。

可笑しかったのは、A子さんが突然、「ねぇねぇ、A吹さんとね、ふっふっふっ」と笑って😊😊止めてしまった。後でトイレに連れて行った時「A吹さんって誰なのですか⁉️」と尋ねると、「お見合いしたの」「70年ぐらい前ですか⁉️」「そうなの」「男前⁉️」「うーうん、大きい人だった」「旦那さんは⁉️」「大きくないの、でも顔が良かったの」そうなのかぁ。

お見合いしたが断ったのは、同級生のお兄さんだと。まだらな記憶が甦り突然昔話をし始めるのがA子さんの特徴だ。今日も終日穏やかな笑顔で、うつらうつらしながら車椅子に座って、映画の東野英治郎版水戸黄門を見ていた。これは、「里見浩太朗じゃない水戸黄門を見たいの」というO熊さんの以前からの要望に応えたもの。たまたま4月29日の「木曜時代劇劇場」で見つけて録画しておいた。

入浴などで出た大量の衣類やタオル、シーツカバーを洗い、乾燥から整頓、各人の箪笥に入れる。保湿用にバスタオルを濡らして必要な部屋にかけて回り、往診歯科医の対応などせっせとやったので、師匠から最後に「よくできました。今日はいろいろやってくれて、ありがとう」と思いがけないお言葉。「明日ポックリ行くようなこと言わんといて下さい」と笑う私。職場の和やかな雰囲気は、「お互い様」から生まれる。

夜勤はいつも退勤時間を気遣ってくれるS宮さんだったので、午後5時をチョット過ぎたところで帰宅の途に。今夜はイナダの嬉野(生姜、出汁醤油、ネギ、大葉、ミヨウガを細かく刻んで漬け込んだ我が故郷の魚料理)と大トロ、中トロの握り、胡瓜の酢の物、じゃがいもサラダとマカロニサラダを肴にビールが進む。途中なぜか甘いものが食べたくなって、ポンパドールのアンパンに齧り付く。疲れた〜が好い気分の一日だった。

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