老いて愉しみを「食」に求める日々(1213)

きのう久しぶりに過去のブログをいくつか読み返していて、全国、いや中南米まで足を伸ばしていた頃は、話題も豊富で多様性もあった。ところが悲しいかな、この1年半あまりいろいろ考えることが多くて自粛してきた上に、今年はコロナで否が応にも活動を停止、または停滞せざるを得なかった。そうなると狭い活動範囲の中での愉しみを「食」に求めてしまう。だからブログの内容も食い物のことばかり。あっちゃ〜。「しょく」と云えば、若い頃は「色」に求めていたのに、いまやすっかり変わってしまった。当たり前か⁉️ 

月曜日は、散歩がてら新横浜に出かけた。目的は、黒砂をコーティングした、そう昔食べた「黒ンボウ」(確か子どもの頃は「黒棒」と書いて「くろんぼ」と呼んでいたような。だが差別用語だと判断されてネーミングも変わった気がする。まぁ嫌がる人がいるなら避けたほうがいいというのが私のスタンス)と呼ばれていた麩菓子のようだけど、煎餅⁉️ともちょっと違う縦長、中は空洞でまわりは硬いスティックタイプの「厚焼き黒糖」を買うためだ。このお菓子『プリンスぺぺ』で先週は、レジのすぐ横に山積みしていたので、1袋しか買わなかったのが失敗だった。帰って食べた途端後悔した。「あ〜もう4、5袋買っておけば良かった」。お店の人に訊くと、「あれはお菓子のセール中だったからです」という。寒い中😵😨🥶わざわざ来たのに・・・ガッカリ、ショボン。悲しい😭😭😭😭。

せっかく来たので、同じフロアーにある『山助』で、半端なく大きいスズキを1本買って帰った。ところがこれが大きすぎて老夫婦には食べきれない。結局半身を刺身にして、片身は鍋用とする。やはり新横浜まで行くとスケールが違う。ところが今日は、月に一度の『万作会』だったことに気づいた。仕方がないので片身は真空パックにして鮮度が落ちないようにしようと器具を取り出すと先週まで調子は普通だったのに空気が抜けない。つまり真空にならない、ええっ。まぁ鍋にするんだからいいか🙆‍♂️🙆‍♂️と無理矢理納得、しないけど。

月に一度の『万作会』は、荒木町の『さわ野』で、その月のお勧めを安価のコースで食べるというもの。今月のお勧めは、『ノドグロ』。これはビックリするほど美味かった。人生で食べた中で1番美味しいシャブシャブ⁉️と絶賛できるほど独特の味覚。ノドグロの持つ脂っぽさをしゃぶしゃぶすることで半減、この半煮えが浅葱、紅葉下ろしと絶妙にマッチする。しゃぶしゃぶに飽きたら変化球としてそのまま刺身で食べればいい。私は先に刺身を食べたけれど。日本酒ともよくあう。日本一大好きな佐渡の純米酒『北雪』だったから尚更だ。

店内は午後5時半前というのに、すでに2人の客が、我々3人、まもなく2人組・・・となってほぼ満席状態。我々の後ろのテーブルに3〜4人席があり、カウンターも詰めればまだ2人分あるが、コロナのご時世、今は余裕を持った予約調整をしているようで、入り口に「予約のみ」と貼り紙が出ていた。

「美味い😋😋うまい‼️」を叫びながら、最後は雑炊。これまた大感激。静岡名物小メロンの漬物がこれまた合う。今夜も家人の奢りだったので「来月は私が・・・」と宣言して終了。やはり奢られっぱなしというのは例え夫婦でも気が引ける。次回も「ノドグロ三昧」にすることにして予約した。早くコロナが終息して、友人たちと飲めることを祈っている。今夜が今年最後の外飲みだった。「食」へのあくなき追求で師走の夜はふけて行く。

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