恩師 佐藤孝義先生の死 839

A(田芳生)ちゃんの凄さは、彼のブログでこの『雑魚(ざつぎょ)亭日乗』を紹介してくれると、一気に読者が増える事で、その数たるや普段の5倍から10倍になる。面白いのは、翌々日あたりは、さっと潮が引くように、私の読者は元に戻る。これが良いのかも。

▲昨年9月に見舞った時の佐藤先生

4月には、『老人力同盟』独自のホームページとかもあった方が良い。だんだん本格化してくるなぁ。でも同盟員は今のところ20人止まりで、ほぼ80%がF(木啓孝)ちゃんとAちゃんと私の共通の友達だから、当たり前か⁉️ これなら別に事務局を作るほどの大それた社会運動にはならない。そうなると私のブログは友達が読者なので、同じか。結局飲み屋が門前仲町まで伸びただけだったりして••••。

▲JALの大分便は、4番搭乗口 遠い遠い バスで🚌🚌1駅は優にある 着いたと思ったらまたまたまた 通路が続く いい加減にせい プンプン❗️ 杵築に帰るのも容易ではないな。1時間前に着いていて良かった。これじゃギリギリの人は間に合わないな。

この文章は雲の上で書いている。我が小学校の時の恩師佐藤孝義先生が、一昨日95歳で大往生を遂げられた。その通夜と葬儀の為、帰郷する途中なのだ。去年の今日は、つまり一周忌だが、大学時代からの恩師小島晋治先生が亡くなられた。90歳だった。最近は長命の人が多い。

私には、学校で言うところの恩師は4人いる。小学校時代の佐藤先生、高校時代のI藤公範先生、大学時代の小島先生、それに大学院時代のA公一郎先生だ。佐藤先生に会ってなければ、小学生の時から新聞記者を志望しなかっただろうし、小島先生に会わなければN協会には入れていなかっただろう。縁とは不思議なものだ。他人の人生を決める出会いって凄いよね。

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