今夜は疋田圭一郎賞のKちゃんと飲む 827

ここに来て連日の飲み会。本来なら奈良•天理のY中䂓矩子さんの所で、味噌作りの取材をしているはずだったが、故原寿雄さんのシンポジウムがあって、その準備や打ち合わせのためキャンセルした。20日に山哲こと山田哲夫さんが、すい臓がんでなくなったから、どっちみちキャンセルしただろう。

そこで前から約束していたM日新聞のK(原俊雄)ちゃんと、何年振りだろうかサシで飲んだ。彼と親しくなったのは、2003年に出版した『無念は力』を読んで、一番最初に取材して、記事にしてくれたからだ。彼のお陰で評判になり、K談社ノンフィクション賞の最終選考まで残った。彼は今でも「私の眼力は凄いでしょう」と自慢する。ありがとう。ところが今や彼の方がシベリアものを中心としたノンフィクションで著名となり、先年『疋田圭一郎賞』を受賞した。こうしてみると「無冠」なのは、私ぐらいだ。まぁこればっかりは、コツコツ書いた者に栄光があるわけだから、私の様な怠け者は仕方がない。

昨日亡くなられた金子兜太さんの話や最近のノンフィクション事情、彼が特に親しいH阪正康さん、H藤一利さんとの交友話を聴きながらグラスを重ねる。息子が5歳だと言う話になると目を細め、逆に「おまっさんところは、もう17ですか❗️」と息子&娘話に花が咲く。彼は私が左遷された理由を知っているだけに、とても懐かしく語り合った。あれからもう15年の時が流れた。

今回の彼の作品は、これまでの「シベリア・シリーズ」の集大成とも言えるもので、その内容はこれまでの中で一番面白く、また満鉄調査部にいた佐藤健雄という人物の超一級の資料を駆使してファクトファクトで攻め込んでくるノンフィクションの醍醐味をいかんなく発揮していて、一気に読み終えた。『収容所(ラーゲリ)からきた遺書』を書いた辺見じゅんさんが生きておられたら『大宅賞』や『講談社ノンフィクション賞』に推されるのでは、とふと思った。それに彼のこの10年に亘る「シベリア・シリーズ」は、司馬遼太郎賞に値すると私は評価している。

彼が指定した『H暮らし』は、南池袋2丁目8番と、有楽町線の東池袋駅からすぐの所にある。非常に余裕のある空間で居心地が良く、分量は非常に上品で、下品な私には些か少な過ぎて残念だったが、実に美味かった。

やはり帰りに南北線に乗り換える永田町駅で、Coco カレーの三色フライカレー🍛🍛を食べる。昨日から三色づいている。

今日は朝10時に、昨日亡くなった東京新聞論説委員長などをしていた山哲こと山田哲夫さんのお別れに出かけ、昼近くまで奥さんと彼の秘蔵っ子のいま北陸C日新聞の編集局次長をしているO馬司夫妻と4人で、30年に及ぶ思い出を語らいあった。やはりいつもの調子で冗談を言いつつ🤭🤭、気持ちは張り詰めていたせいか、心は重かった。Kちゃんに会って、やっといつもの自分に戻った気がした。

帰りに『まいばすけっと』でイチゴをワンパック買って、塾から帰ったばかりの娘と2人でむしゃむしゃ食べる。今日はゆっくり眠ろう。

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