終日ベッドで『最期』について考える 829

20日に亡くなった山田哲夫さん通称•山哲を思い出しては、『最期』を迎えるその日までのことを考えずにはいられない。おそらく父が亡くなった年齢に近づいたことも関係している。

▲空と一緒で心は晴れぬ

いつもノー天気に過ごしている私だが、やはり山哲の死はショックだった。入院、手術、退院のあとは、あれだけ元気に回復していて、いつもの様に食事をご馳走になったのに。よく「おい、美味いところを😋😋🍽知らんか」と訊かれた。亡くなった直後に、上野『黒船亭』に注文してあったスープが届いたという奥さんの話に、いかにもグルメの山哲らしいと感じた。

▲写真は『今日も横須賀。』の坂上女史のブログから引用させて戴きました。『黒船亭』は未踏店。

なぜあんなに可愛がってくれたのだろうか❓この30年を一つ一つ思い出すと不思議な気がしてならない。私が順調な時もよく声を掛けてくれた。コーヒーが好きで、やたらと喫茶店に誘われた。左遷された直後も、本を出版した時も、記者を辞めた時も、節目節目で電話をくれた。その都度、寿司屋だったり、中華料理店だったり、レストランだったり、呼び出しては励ましてご馳走してくれた。

大学教授に転職した時は、「小俣がなぁ〜⁉️」と笑いながら喜んで、奥さんと3人で、本人は酒が飲めないのに自宅近くのセンター南にある『南国酒家』で祝杯をあげてくれた。よく食う人で、食い意地が張っているところは全く一緒だった。何かコースに追加しないと満足出来ない。膳(テーブル)の上にずらりと料理が並ばないと気が済まないタチだったのも一緒。そして必ずデザートに甘いものを欲しがった。これもまた同じ。不思議な仲だ。

▲よく行ったセンター南の『南国酒家』

いつも本を読んでいる人で、「小俣ぁ、何か面白い🤣🤣🤣本はあるか」と訊かれれ、最近の作品をいくつか紹介すると、「ありゃ面白かった」と電話して来た。まぁ電話が好きな人でもあった。

Nスペで『未解決事件 ロッキード事件』が放送された翌日に電話をかけてきて、「小俣君の名前(坂上遼)が出てたが、ビデオを撮っておらんかった」「あぁ再放送がありますけど、私が撮ってるから送りますよ」と話したが、これほど気にかけてくれる先輩は、ほとんどいない。

こんなことを考えながら、本を読むでもなく、韓流ドラマを観るでもなく、終日ベッド🛌🛏🛏から離れられなかつた。

昼飯は作るのが面倒なので、また『つかさ』でカキフライ定食+コロッケをたべた。カキフライを食べられるのは、3月いっぱいだから。後は『石堂書店』で定期購読の『大人の週末』を受け取り、隣の果物•八百屋『ふくだ』で苺を🍓🍓🍓3パック、値段別に食べ比べてみようと買って帰る。早速デザートに苺🍓🍓🍓を、と洗ったところに、通販で購入した「金柑」が届いた。ついついこちらを優先して10個ほど食べてしまう。そして再びベッド🛌へ。

午後7時過ぎ、夕飯を食べる気がせず、ゴロゴロ寝ていた。そしていつの間にか眠り込んでいる。どうしてこんなに眠れるんだろう。塾から帰って来た娘が「あぁ〜」と大きい声を発しながらテレビを見ている。どうやら女子カーリング🥌🥌🥌の日韓戦を観ている様だ。あのF澤五月さんが出ているのならと、私もリビングへ。彼女の、赤ちゃん👶がそのまま大きくなった様な愛くるしい笑顔が好きで、試合よりついつい彼女の顔ばかり観てしまう。これには娘も家人も異議を唱えない。女性にも好かれるタイプなんだな。

昨日は「濃いピンクの桃の香り🍑🍑🍑」だったので、今夜は「黄桃」風呂して気分を切り替えた。午前2時13分に6880文字の原稿を書き上げ、恩師に送る。「とりあえず書き上げてますから」というアピールで、月末までに、頼まれた文字数に調整して、再度送るつもりだ。結局ほとんど一日中ベッド🛌🛏🛏でゴロゴロしていて終わった。歳をとると人の死が心に重くのしかかる。特に親しかった人となると。このまま逝ってしまうのも好いかなと思いながら、また眠る。

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