最も若い記者と呑む / 559

【謹告】きょうの東京新聞1面の一番下の広告欄に <弓立社の新刊『おひとりさまで逝こう〜最期まで自分らしく』三国浩晃 著> が出ています。見てね。よかったら人に勧めて下さい。さらに買ってくれても好いですよ。

      一日中あめ。雨が降ると外に出ず、終日ベッドに横たわって本を読んでいるか、撮り溜めたテレビドラマを再生して見ている。いないあいだに娘に頼んでおいた倉本聰さんの『やすらぎの郷』がたまったので、そこから順次。加賀まりこさんが相変わらず魅力的なのに、歳をとってもかくありたいものだと痛感する。

  夕飯は私が家にいるときはいつも当番なので、鰹の刺身(真空パックの戴き物)をタマネギ、紫蘇、ミョウガ、万能ネギ、ニンニクスライスに混ぜて、ミツカンポン酢とミツカンすし酢、それに純米米酢(これもミツカンだ)、梅沢富美男さんがテレビコマーシャルでやっている通販の根昆布出汁を塩梅したモノを注いで寝かせたもの。このときのキーポイントはタマネギを必ず、しかも大量に入れることだ。酸っぱさの中にもタマネギの甘みが勝って、いい味になる。騙されたと思ってやってみると好い。

  これに冷蔵庫に残っていたもやしや赤ピーマン、キャベツ、タマネギ、椎茸、人参、ニンニク、豚バラ、ついでに豆腐と卵、そしてゴーヤを入れて”冷蔵庫一掃ゴーヤチャンプル”を作る。娘の好物だし、何と言ってもこの”一掃”というのが家人に喜ばれる。

  

  昨日は午前中、追加できた弓立社の支払いを2件済ませ、桜が綺麗な港北小学校のグランドまで自転車に乗って花見に行った。帰りに菊名池公園の湖畔の桜も見て回ったが、こちらは盛りを過ぎていた。これはこれで風情があって好い。女性と一緒で若けりゃ好いわけではない。

   午後は、インターネットでどうしても早くみたい韓国ドラマ『商道(サンド)』のDVDレンタルを探す。だが、TSUTAYAのどの店に在庫があるか分からないので電話していく。4軒目の綱島店で見つかった。自転車では遠いので電車で行く。たまたま民放のBS(で見ているうちにハマってしまい、ビデオに録っては暇なときに見ているのだが、とうとう先が待ちきれなくなった。あの悲恋が好い。まだ33巻目だが。

  夜は飲み会があるので、ヨークマートで新鮮な鰯を5匹、刺身にしてもらう。あとは茄子、ピーマン、タマネギ、人参、豚バラ味噌炒め。これに餃子の王国の黒豚餃子の準備をしてから、西新宿のタマル商店に出かけた。

今夜の相手は、いま一番若いN協会の新人記者だ。親しい大学院時代の恩師から「今時の学生には珍しい若者だからもし時間があるときに会ってみて下さい」とメールが有り、お互いの時間の都合がついたところで初顔合わせとなった。7年間、いや非常勤講師時代を入れれば12〜3年ほど学生と向き合ってきたので、現代学生気質はある程度飲み込んでいる。

  彼は久々に会った大人と話が出来る若者だった。昨今ゲーム人間、スマホ人間、音響人間とコミュニケーションを避ける生活を選んでいる若者いや中年もか、多くなり、話をしていても薄っぺらでつまらない。私自身も軽佻浮薄なつまらない人間だから、いまさら同類と会っても退屈なことが多くなり、結局限られた、まぁ気の置けない仲間を選んで呑むことにしている。そんな中で、中々の好青年だった。

  新人君は、酒が入るに従って(といっても絶望的に弱そうだった)話が益々面白くなったり、若者の本音の質問が出たりして愉しかった。一番感心したのは、自分が記者になった目的を明確に持っていることだった。私のように「社会変革」なんて漠然とした、「まるでお主は屁のような」ことは言わない。教育実習で身障者のクラスを受け持って、教育行政の不平等や学校の態勢の不備、思いやりの無さ、教員の過重労働など、幾つも抱えている教育界の問題に向き合って取材して行きたい。将来は教育担当の記者になりたいと具体的な実見談を交えて、話してくれて、あぁ好い記者がN協会にも入ってくれたなと嬉しくなった。

質問で面白かったのは、「すぐ結婚しても構わないのか?」だったが、「そんなものは自分の思い通りにやれば良い。自分が考えているほど他人は君の行動を気にしていないし、気にする奴は誰に対してもするので相手にしてもしょうがない」という様なことを話した。最近強姦魔とか以前は放火魔とか「魔」のつく記者がいただけに、おなじ「ま」でも「真っ当」な記者で良かった。同時にテーマも問題意識もしっかりしていて、俺の新人時代とは違うな・・・彼を獲った人事担当は大したもんやと思った。T村君かな。直接には警視庁にいたH田君? 司法にいたY君か? この辺はもう分からんな。あっ、いけない、この前「私のような馬鹿なキャップやデスクを支えてくれた後輩達」を書いたとき、T村和人君を書き忘れたかも知れない。ごめん、ごめん、あんなに世話になったのに。老いたと言うことさ。まぁこんなブログ読んでないから好いか。

あっという間にタマル商店の夜は終わり、新宿駅で別れた。「もゝ」に寄ってK枝さんの義理の息子のT井君が「ジャーナリスト大賞」を受賞したお祝いの打ち合わせをするつもりだったが、雨がザーザー降っていて、「傘がない」ので陽水の歌を歌いながら新宿三丁目からまっすぐ帰った。まだ夜の11時前だった。今日も呑んだ。

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