石井妙子さんの『女帝 小池百合子』が注目を集めている。以前雑誌「B藝春秋」で読んだが、その際も話題になった「学歴詐称」が、来月の東京都知事選を前に再燃している。改めて書く必要もないが、カイロ大学卒業が怪しいというのが疑惑の焦点で、友人が送ってくれた「小池ユリ子」のプロフィールには、<カイロ・アメリカン大学東洋学科卒業>とある。これは彼女が初期に出演していた「世相講談」(日本テレビ)のアシスタント時代のものだが、じゃこっちの学歴って何なの?
昔は政治家の中には、平気で学歴や経歴を詐称する人が少なからずいた。6月9日付の『日刊ゲンダイ』で元K應義塾のK林節教授が指摘する様に、学歴詐称が<公職選挙法の虚偽事実公表罪(235条)で当選無効(251条)に>なることから、その風潮は雲散霧消してしまった。ところが昔書いてしまってものは糊塗することが難しい。カイロ大学が「1976年に卒業している」とお墨付きを与えた以上、次なる展開が見ものだ。件の作品は、2020年5月の発売だから「本田靖春賞」「大宅壮一賞」の締め切りに間に合わず、21年度の最有力候補だろう。
それにしてもなぜ経歴を詐称する必要があるのか。それは偏に「見栄」であり、「勢い」「妄想」「虚言癖」「パーソナリティ障害」に連なると思う。小池さんをかばうつもりはサラサラないが、おそらく日本テレビにアシスタントして登場した頃は、自分がここまで有名人、ましてや政治家になるとはつゆほども思っていなかったのでは。だからついつい「見栄」「勢い」で書いてしまったものが、その後訂正するのも憚られるので、そのままにしてきたのでは。
もう10年以上昔だろうか、N協会でアルバイトしたことのあるジャーナリストが、肩書や本の奥付に「元N協会記者」「元N協会報道局勤務」と書いたり、月刊誌に「N協会・OB」として登場したりしたことがある。果たしてこの人がN協会に在籍したことがあるのか当時確かめたところ、彼が受験した年々、回数、評価等々まで全ての記録が保存されていて、入局した事実はなかったし、その時点で彼の出身大学から過去に入局した人もいなかった。
私は彼に会ったこともないし、恨みつらみもない。ましてやN協会をかたったからではない。私にはそれほど愛社精神があるわけではないから。気になったのは、真実を追求する「ジャーナリスト」を名乗る職業人が、経歴を詐称することに不快感を覚えたからだ。それにW稲田大学院の私の学生が、肩書を見て著書を買ったという実害も知ったからで、各大学の講義の時によく話題でとりあげた。
のちに彼が選挙に出馬した際、本来なら使うはずの「元N協会」の文字を見ることがなかったことからも、件の公選法違反を恐れたためと推察された。もし彼が最初から「元N協会報道局アルバイト」と書いていれば、胡散臭い人間と思わず、「ほー、アルバイトにもこういう奴がいたんやなぁ」と賞賛したかもしれない。あるいは、途中から軌道修正すれば良かったのかもしれない。
人間は、「金力」「権力」「権威」「名誉」を欲しがりがちだが、それを放棄すると生きやすくなる。68歳になってしみじみそう思うのだが、なんと小池さんは私と同じ年だ。