ニチイ学館のない日曜日(1238)

毎日が日曜日のようなもんで、いまさら書くほどのことではないのだがついつい。9月から毎週日曜日は「介護サンデー」と名付けて、午前9時15分に家を出て横浜駅から徒歩5分ほどの天理ビル22階にある『ニイチ学館横浜校』に通っていた。このブログで毎週のように紹介したから読んだことがある人なら「またかぁ〜小俣、他に何かないんか⁉️」と小言が飛んできそうだが、24日の日曜日からは何も予定がなくなった。既報通り「初任者研修」を修了し、全てのスケジュールが終わってしまったのだ。

私はニイチ学館には、何の利害関係もないし、恩恵を受けることもないので、おべんちゃらをいう義理も必要も無い。ましてやニチイから頼まれたことも全く無いけれど、お世辞抜きで、少なくとも私が体験した、この横浜校は実に良かった。とにかく教員は皆、誰よりも早く教室に来ていて、分からないことなどを訊くと気軽に「それはこうよ」と時間外でも応じてくれていたし、実技の朝練をやっていると「そこはもっとこうするの」など面倒くさがらずに指導してくれた。講義は、ほとんど退屈な事はなく、というか充実していた。私のように昼と夜が逆転して睡眠不足の不埒な学生でも、睡魔に襲われる事はほとんどなく、集中して聞き入ることができた4ヶ月だった。実践経験を積んだ裏付けがある講義と体験談が我々を惹きつけた。

同期生にも恵まれた。これは既に紹介済みだが、クラスのリーダー的存在のM浦圭子さんの存在は大きかったと思う。おそらく他の仲間も同じだろう。最後まで、落ちこぼれを出さない面倒見の良さが、連帯感を強いものにして、この手の教習にありがちなマンネリ、退屈さ、自分さえよければいい問い発想を無縁にした。それだけに、皆んなと会わなくなったことで、なんとなく喪失感、虚脱感を味わうことになった。まぁ「会うは別れのはじめ」であり、「 Out of sight, out of mind. 去る者は日々に疎し」の例え通りかも。とにかく有意義で愉しい日々だった。それに若い女性に会うことももうないのかと思うと淋しい。

<正面藍色のエプロンがリーダーM浦さん、手前が私と凸凹コンビの仲良しM居さん>

何も予定のない24日日曜日は、沢田研二さんの『タイガース』が解散して50年め、私には関係ないけどT橋宗ちゃんに敬意を表して書いただけ。でこの日は今マイブームの「冷やし蕎麦」に使う九条ネギと辛味大根を求めて『まいばすけっと』⇒『OKスーパー』⇒ 『ヨークマート』⇒『サミット』までテクテク出かけた。九条ネギは簡単に入手できたが、辛味大根は無かった。悲しい😭😭😭。仕方がないので、ウチにある三浦大根で代用した。まぁ不味くはないが、パンチに欠けるというかね〜。ちょっと肩すかしのような。こんなボンヤリした週の始まりだった。

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