夕刊の愉しみ(1318)

以前にもきっと書いたかもしれない。夕刊に味のある記事が多いのは、読者がゆったりした気分で紙面に目を通す余裕があるからだろう。今日(5月27日)は、毎日新聞と朝日新聞が奇しくも朝鮮半島もの、東京新聞は神保町の古本屋話といずれも興味をそそられる3本だった。

毎日新聞は北朝鮮ウォッチャーとしても有名なS木琢磨さん。この前新宿の『三日月』で一緒に飲んだ彼だ。「千里馬」とは懐かしい。私はこうした記事を読むたびに、杵築中学校の同級生だった焼き肉屋「アリラン食堂」だったかな❓のN村さんを思い出す。黒目がちの整った顔立ち。美人だった。確か高校も一緒になるはずだったのに、帰国船に乗ったと仄聞したが。

もう1人は大学2年生の夏ごろ。お中元のカルピスのアルバイトで知り合った北海道出身で法政大学に通っていたY崎君。本名は「権(ゴン)」と名乗っていた。バイトが長くなり、一緒に昼メシを食べているうちに、私が当時住んでいた桜台のアパートに近い、駅の反対側に暮らしていることがわかり、一気に仲良くなった。「ゴンちゃん」と呼んでいた。彼は私のアパートに来て旗田巍さんの本を見つけて、「小俣君は、この人の本なんか読むですか」と仲良くなってもいつまでも控えめな話し方をした。その本は岩波全書の『朝鮮史』ではなくて、『中国村落と共同体理論』だった。

<エッセイストとしても秀逸 この本はちくま文庫になっている>

一度突然彼のアパートを尋ねたら、ものすごい形相して慌てた風だったが、「まぁイイかぁ〜」と言って部屋に入れてくれた。壁の中央に、まるで御真影の様に金日成の大きな写真が飾られていて、「近く、国に帰るんだ」と話したので、私は何も考えずに「じゃ手紙をくれよ、俺も行ってみたいから」と。今思えばノーテンキなことを言ったのをハッキリ覚えている。「地上の楽園」が実は「地上の地獄」だと知ったのは、1984年ごろ警視庁公安担当のY田雄一さんに紹介された『凍土の共和国』を読んでからだ。「えっ😨😨🤯🤯」とこのときから北朝鮮を疑い始めた。

光州事件は鹿児島にいた頃だ。「韓国には夢も未来も無い。やはり北朝鮮だな」と思ったほどだった。一昨年か先一昨年、韓国映画「タクシー運転手」を観て、改めてこの事件の残虐さやたかだか40年ほど前に、こんな事が起きていた国だったことを再認識した。記者ならもっと関心を持つべきだったのにと自分の無知を恥じた。まぁこのごろそう思い返すことが多いけどね。

神保町の古本屋で探したい本が何冊かある。古本屋を巡るのなら、1日がかりのつもりでないと、とついつい思いがちだ。悪い癖で、見れば深く考えずに買ってしまって、あっ🤭🤭置き場所がないと後悔する。そんなことをツラツラ思いながら記事を読む。やはり夕刊は好いね。

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