目が覚めるとシトシト雨が降っている。こんな日は、顔を洗って、歯を磨き、朝風呂に入ってのんびり一日を始めるに限る。何か締め切りが迫っている訳ではないので、昨日も今日もまた明日もタラタラ過ごす。
面倒なので朝食は、手をかけずにすぐ食べられる納豆、卵かけご飯にした。これに副食は、タラコと明太子、白菜の漬物、梅干し、らっきょう、キムチ、ワカメと豆腐の味噌汁(これはテビ様が作って置いてくれた)。干物は焼く必要があるので止めたが、日本茶だけは入れた。
朝刊を読んだらもう雨の日はする事がない。ベッドで「あずきアイス」を齧りながら本棚を眺めていると、「富永仲基」の文字が見えた。30そこそこで亡くなった江戸中期(18世紀初頭)の学者だ。加藤周一さんが注目していた人物なので、知っている人も多いかもしれない。私は『日本の名著』にラインナップされて初めて知った。内藤湖南の『大阪の町人学者 富永仲基』があり、Kindleでタダで読める。
彼の作品に「翁の文」という20歳ぐらいの時に書いた論考があり、これも確かKindleで読める(はずだ)。短い文章なので、タラタラ読み始めると眠くならずに面白い。「誠道」という考え方がでてくる。江戸中期(1740年頃)の作品なのに、昭和年代までの日本人の精神的支柱になっていた発想が提示されている。
神教、儒教、仏教の3教批判に始まり、誠道を唱う。詳しくは原典を。私が好きな箇所は、次の通り。
<受けとるべきでないものは、たとえ塵であっても受け取らず、(中略)衣食のよしあしも、わが身のほどにしたがって、驕ることなく、またけちすることなく>
当時の俊才が読んでいた本やその中の引用が自然と登場するあたりも只者でないことを感じさせる。とにかく凄い。「踝漆露現陰馬蔵(かしつろげんおんまぞう)」や『礼記』『六向拝経』『神令』『瑜伽』などなど、『礼記』以外は、手に取ったことすらないので、衒学趣味か⁉️と無教養な私には思えてならないほどだ。
それにしても世の中には、若くして亡くなった、とんでもなく優れた文人、詩人、藝術家の多いことか。自死を除けば、モーツアルトの35歳をはじめ、正岡子規(34)、中島敦(33)、梶井基次郎(31)、石川啄木(26)と、人間も文章も早熟だった。「早世の天才」とでも言うのだろうか。
ムダに馬齢を重ねて来た私などは、抜群に美味い😋😋😋『日清』の冷凍食品「上海焼きそば」に舌鼓を打ちながら、残りの日々を『老人力同盟』に活路を求めている。老人力、老人力。