小笠原 島便り2017 ⑥ 別れ / 608

「別れ」と言っても私が帰るわけでは無い。小笠原には数々のおもてなしがあるが、これは訪れたどの人にも感銘を与える「心温まるおもてなし」だ。5泊6日以上の旅を終えた旅行客に待っているのが、お見送りだ。毎度午後3時30分になると二見港を東京竹芝桟橋に向けておがさわら丸が出航する。午後2時半に受付が始まり、午後2時50分から例によって特別室の700番代、600番代と上層階級の順に呼び挙げられ、乗船していく。下から見ていると特別室組は高齢者と新婚かと思わせるカップルが多いようだ。 

▼私が見送りに来たのは、もちろんバンガロー仲間の佐賀のF川さんだ。午後2時過ぎまでは時間があったので、今日(6月13日)は、いつもの午前11時25分のバスで、村役場前まで行き、小笠原村の公共施設を見て回った。村役場の周辺に全て集合していて、隣は郵便局、その隣は警察、向かいが都の総合庁舎、さらに脇の道を入ると七島信用組合小笠原支店がある。金融機関は、これ以外にJAとゆうちょ銀行がある。七島信用組合のATMで三菱東京UFJ銀行のカードも使えるので、もっぱらココが頼りになりそうだ。とは言え、お金が入っていなければどうしようもないが。


▼こうして官公庁周辺をプラプラしていると美味そうな縄暖簾の店に出会った。動物的勘が働くと言おうか、殊に和食には強く反応する。店の名前は『じんべぇ庵』入り口にある「地魚刺身」の幟に誘われて暖簾をくぐると誰もいない。一昨日の「丸丈」と同じだ。メニューには色々な地魚料理、刺身、魚のフライが並んでいるが、晩御飯は贅沢をしないので、いちばん高い地魚御膳と生ビールを注文した。途中からハイボール。魚はオナガダイとヒラマサ、マグロに袖イカと全て地魚だ。思いがけず美味かったのは、ヒラマサとオナガダイのフライだ。揚げたて良し、タルタルソース良し、ブルドッグ中濃ソース良し。自前の安曇野ワサビと芥子を持参していなかったことが悔やまれたが、十二分に美味かった。これを高いと思うか、納得いく値段だと思うかは、本人の食生活にもよるから何とも言えないが、私は大満足だった。席を立つ時、ずっと黙っていた亭主が「小笠原でいちばん美味い店です」と言ったのには、参った。確かに然もありなん。 

▼外は26度だが直射日光が痛い。村役場前の大神公園に大きな木がいくつもの陰を作っている。丁度いいベンチなのか、テーブルなのか、足を伸ばせるスペースの台が木の下にあって、真下に大きな陰を作っている。いい気分だ。大の字になって見上げると木漏れ日が優しい。表示には「ベンガルボダイジュ」とあった。何だかお釈迦様になったようないい気分で眠り込んだ。目覚めた時、丁度若い男の人が通り過ぎようとしたので、「お兄さん‼︎すみません、写真撮ってください」とお願いした。 

▼時計は午後2時をまわっていた。2時半から乗船手続きだからまだ大丈夫。おっ公衆トイレがある。と喜んで中に入ってiPadの写真モードにした途端、足下をすくわれて、頭からつんのめった。ルポライターたる者、転んでもカメラは守らなくては‼︎ ホント。トイレのドアで頭を痛いほど打って立てなくなった。こんな所で救急車じゃ見っともないなとゆっくり片手をついて立ち上がる。カメラ兼用のiPadが壊れていたら、この先ブログや他の原稿の執筆はままならない。ヒヤリとしたのも束の間、大丈夫。サングラスの鼻に当たる部分が大きく曲がっただけで、私も大したことはなかった。やはり昼の酒はいかんなぁ〜。娘が「お父さん、小笠原でも、お酒の飲み過ぎだけは、注意してね」としつこく言っていたことが思い出される。 

▼待合所は、島で3泊した観光客がほとんどで、「また来ますから」「夏休みにも」と宿の人やガイドさんと別れを惜しんでいた。それにしてもF川さんの姿が見えない。参ったなぁ。検事が夜中に帰るのさえ見落としたことは、ほとんど無いのに・・・。そこへ3時を過ぎて、レイを首からぶら下げたご本尊がやって来た。「どうしたんですか?ゆっくりしちゃって」と昨夜の飲み会の後なのでタメ口に。横から次女のいずみちゃんと末っ子の城ちゃんの手を繋いだF沢夫人が、珍しく?(失礼)奇麗な格好をして現れた。「大丈夫ですよ。3時半までに乗ればいいんですから。まだその辺でラーメン食べてる人もいるくらいですよ」といつも無表情の彼女が、今日は笑顔で応じたのにはびっくり。 F川さんには城ちゃんと同じ3歳の娘がいるから、帰るのをどちらも愉しみにしている。

▼「ドーン💥どーん💥」と太鼓の音が鳴り響く。これが父島名物「小笠原太鼓」の見送りだ。演奏者同士の息がピッタリあっていて、実に上手で、聞き惚れる。ブログに音が出せないのが残念だ。これから24時間かけて帰る観光客の心を和ませ、「こんなに良くしてもらったらまた来よう」と言う気持ちにさせる最高のおもてなしだ。午後3時30分、おがさわら丸が岸を離れると、伴走したり、追尾したりする何台ものクルーザーが突然現れた。しかも大勢の見送りの人を船上に乗せて激しく手を振っている。二見港の入り口まで走るのだろうか。いくつもの白い曳き波を見ていると急に胸が熱くなった。 

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